島倉千代子さんが背負った莫大な借金の始まりは、彼女自身の浪費ではなく、信じていた周囲の人間による裏切りでした。1970年代、島倉さんが全幅の信頼を寄せていた眼科医に名前を貸したことから事態は暗転します。眼科医が振り出した手形が不渡りを起こし、保証人となっていた島倉さんの元に莫大な請求が押し寄せました。
さらに追い打ちをかけたのが、実姉や当時のマネージャーによる背任行為でした。実姉名義で設立されていた個人事務所は乱脈経営の末に事実上の倒産に追い込まれ、島倉さんが知らないところで積み立てられていた手形債務は雪だるま式に膨張。最終的な負債総額は、利息を含めて当時の金額で16億円以上に達したとされています。
連日、興行先や自宅に押し寄せる債権者や取り立て屋に怯え、精神的に極限まで追い詰められていた島倉さん。歌手生命はおろか、自らの生命すら危ぶまれる過酷な状況の中で、ある人物の紹介によって登場したのが、銀座のクラブママとして裏社会や興行界に太いパイプを持っていた細木数子氏でした。