モーツァルトの『トルコ行進曲』を原曲のスピード(テンポはおよそ四分音符=120〜130前後)でスキャット歌唱する場合、最大の壁となるのがブレス(呼吸)の確保と筋肉疲労のコントロールです。普通に歌えば、第1フレーズの途中で酸欠に陥り、舌の筋肉が硬直して発音不能になります。
2人が実践している驚異的な歌唱技術の核心は、以下の3点に集約されます。
- マイクロ・スナッチブレスの配置:16分休符やフレーズの跳躍点にあるコンマ数秒の隙間を利用し、肺の奥底ではなく喉頭部と上胸部を連動させて一瞬で必要最小限の空気を吸い込む特殊技術。
- 交互吸気によるシームレス・カンタービレ:姉の安田祥子が上声部で装飾音を歌っているわずかな隙間に由紀さおりが息を吸い、逆に由紀が低音部を刻む瞬間に安田がブレスを取るという、完全な補完関係の構築。
- 舌根の脱力と先端のみの高速運動:顎を大きく動かさず、口腔内のスペースを一定に保ったまま舌先と口唇の弾力だけで子音を刻むため、超高速でも音程とフォルマント(声の響き)が乱れない。
特に由紀さおりの滑舌の良さは、ポピュラー歌手の中でも群を抜いています。言葉を前に押し出すマイク乗りの良い発声と、安田祥子の豊かな頭声共鳴(ベルカント唱法のファルセット)が合わさることで、ブレスの気配すら感じさせないノンストップの疾走感が完成するのです。