世界の頂点を極めたアスリート・湯木博恵さんと、『嫁に来ないか』『津軽恋女』などの大ヒット曲で知られる人気歌手・新沼謙治さん。一見すると住む世界が全く異なる二人の運命の馴れ初めは、共通の情熱である「バドミントン」でした。
二人が初めて出会ったのは1979年(昭和54年)、テレビのスポーツ対談・企画番組でした。実は新沼さんも中学時代はバドミントン部に所属しており、芸能界きってのバドミントン愛好家として知られていました。憧れの「世界女王」である湯木さんと対面した新沼さんは、その凛とした佇まいと飾らない優しい人柄に一瞬で心を奪われます。
朝日新聞のインタビュー記事などで新沼さん自身が「ほれちゃったよ博江ちゃん」と振り返っている通り、アプローチは新沼さんからの猛烈な片思いから始まりました。しかし、当時の二人の前にはいくつもの高い壁が立ちはだかっていました。
- 7歳差の「姉さん女房」:湯木さんは1948年生まれ、新沼さんは1956年生まれ。当時はまだ女性が7歳年上というカップルに対して周囲の目が厳しかった時代でした。
- 立場の違いと親族の反対:湯木さんはスポーツ界の国家的ヒロインであり、指導者としての将来も嘱望されていました。一方の新沼さんは、人気絶頂のアイドル的演歌歌手。「芸能人との結婚」に対して湯木さんの両親が当初は慎重な姿勢を見せたほか、新沼さんの所属事務所や後援会からも心配の声が上がりました。
それでも新沼さんの決意は揺らぎませんでした。多忙な合間を縫って体育館で一緒に汗を流し、誠実に湯木さんの両親のもとへ通い詰めて思いを伝え続けました。約7年間におよぶ純愛を貫いた末、1986年(昭和61年)に二人はついにゴールイン。結婚後、湯木さんは本名の「博恵」から、画数などを考慮して「新沼博江」という表記を用いるようになり、家庭に入って新沼さんを全力で支える道を選びました。