映画の普及によって定着したイメージの中には、実際の歴史研究の知見とは異なる誤解がいくつか存在します。
誤解1:侍たちは近代的な銃火器を「卑怯」として拒絶していた?
劇中では、勝元率いる士族軍が刀、槍、弓矢といった伝統的武具に誇りを持ち、銃火器を新政府軍の無機質な兵器として忌避する描写が強調されています。しかし、これは純粋なドラマ的演出です。
戦国時代に種子島へ火縄銃が伝来して以来、日本の武士は世界屈指の鉄砲運用能力を誇っていました。戊辰戦争における旧幕府軍も、西南戦争における薩摩軍も、ミニエー銃やスナイドル銃、さらには大砲を極めて実利的に配備していました。西郷軍が最終盤に刀を抜いて突撃したのは、弾薬が完全に底をついた極限状況下でのやむを得ない白兵戦戦術であり、精神論から近代火器を拒否していたわけではありません。
誤解2:オールグレンのモデルは映画の後に処罰された?
母国の命令に背いて日本の内戦に加担したジュール・ブリュネのその後について、「軍法会議で処刑されたのではないか」という噂が散見されます。事実は正反対です。
日本を脱出してフランスへ帰国したブリュネは、一時的に軍籍を剥奪され謹慎処分を受けました。しかし、普仏戦争が勃発するとその類まれな砲兵指揮能力を買われて前線に復帰。その後は順調に出世を重ね、1898年にはフランス陸軍のトップである陸軍大臣の首席副官(参謀総長級)にまで登り詰めています。日本の武士たちと死線を共にした男は、母国フランスでも最高の名誉を勝ち取ってその生涯を閉じました。