My Hair is Badに関しては、インターネット上でしばしばステレオタイプな語られ方をすることがあります。最も代表的な誤解が「未練がましい元カノへの恨み節ばかりを歌っている」というパブリックイメージです。初期の鮮烈な歌詞が拡散されたことで生まれたレッテルですが、近年のマイヘアを聴き込んでいるリスナーにとっては、これが過去の断片に過ぎないことは自明です。
近年の作品、特に『cats』において顕著なのは、他者との距離感や自己矛盾を受け入れる「大人の客観性」です。また、「ライブでMCが長すぎて説教くさい」という批判的な声も一部に見られますが、実際のステージで行われているのは一方的な主張ではなく、観客一人ひとりと孤独を分け合うための極限の対話です。音源だけを聴いて判断するのと、ライブハウスやアリーナの現場でリアルな音圧を浴びるのとでは、受け取る印象が180度異なるバンドの筆頭と言えます。
【プロの結論】マイヘアの音楽に深く共鳴する人・慎重になるべき人の判断基準
My Hair is Badの表現は万人受けを狙った耳障りの良いポップスとは一線を画しています。そのため、リスナーの現在の心情や音楽に求める要素によって、評価が明確に分かれる傾向があります。
【深く共鳴し、ライブに足を運ぶべき人】
日常の些細な会話や風景に隠された痛みに敏感な人、綺麗事だけの歌詞に退屈している人、そして「自分だけの感情」を肯定してほしい人です。椎木の歌詞は、誰にも言えない弱さや情けなさを一切否定せず、そのままステージから投げ返してくれます。
【慎重になるべき・あまり向いていない人】
BGMとして心地よいサウンドだけを消費したい人や、抽象的でファンタジーな世界観を好む人です。生活感や人間関係の摩擦がダイレクトに言葉として突き刺さるため、生々しいリアリティに疲れてしまうタイミングでは避けた方が無難かもしれません。